【公開書簡】サウザンブックスによる、自伝『明日は変わる』(サラ・マクブライド著)の翻訳出版、及びそれに向けたクラウド・ファウンディングについての憂慮と懸念
以下のテクストは、米国下院議員サラ・マクブライド(Sarah McBride)による自伝『明日は変わる』の翻訳出版、及びそれに向けたクラウド・ファウンディングについて、事業主体であるサウザンブックスに宛てて、当会よりお送りしたものです。
事態の公共性に鑑み、公開書簡として、ここに公開します。
※本メールに対しサウザンブックスより返信があった場合でも、その事実及び内容の公開をうたうものではありません。
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サウザンブックスさま
平素からの数々の素晴らしい本の出版、大変ありがとうございます。
特にトランスジェンダーやセクシャルマイノリティへの関心を絶やすことなく、諸外国に暮らす様々な人々の声を拾い上げようとする貴社の姿勢に、心から敬意を覚えます。
さて、ご連絡申し上げますのは初めてのことでありますが、この度、米国下院議員サラ・マクブライドの自伝を出版されるにあたり、クラウドファンディングへの参加を求めるメールを、貴社より頂きました。
大変光栄でございます。
これも何かのご縁かと思い、慎んでご返信申し上げます。
既に当会以外からも同様の指摘があるものと存じますが、サラ・マクブライド議員は米国において、いわゆる「イスラエル・ロビー」から多額の政治献金を受けている、親イスラエル派の政治家として知られています。(註1、註2)
彼女の、いわゆる「オープンリー・トランスジェンダー」の政治家としての活躍は目覚ましく、同じトランスジェンダーとしても賞賛と敬服の念を覚えるものではありますが、しかしパレスチナ人を、まるでその民族ごと根絶やしてしまうことすら企図しているかのようなイスラエル政府の残虐な戦争犯罪に加担することは、そうした彼女の功績の一切を台無しにしてしまうものであると、当会は考えています。(註3)
もちろんマクブライド議員が、イスラエル・ネタニヤフ政権の蛮行を全面的に支持しているとまで言えるかどうかは、わかりません。そうではないと、信じたいです。(註4)
しかし、「二国家解決」への道を演出しつつ、永年に渡ってイスラエルに対する経済的・軍事的支援を行なってきた米国の姿勢、その関与のあり方こそが、現在のイランに対する国際法を無視した侵略戦争はもちろん、イスラエルによる西アジア地域各国への暴虐の数々を許してきた構造そのものであり、今日も続くパレスチナ人への迫害を可能にしてきたものです。(註5)
「イスラエル・ロビー」の支援を受けるということは、この構造を積極的に肯定しているとの評価を、免れ得ないものと考えます。
そのような人物の自伝、その日本語版を出版することは、果たしてどのような社会的効果をもたらすでしょうか?
当会としては、もし本書を出版されるのであれば、最低限、サラ・マクブライドがどのように非道の限りを尽くすイスラエル国家に加担しているのか、注釈をつけるべきであろうと考えます。
(もし願わくば――そんなことが可能であるならば――、本書が本人自身の後悔と反省を表明する書として、出版されるのが望ましいでしょう。)
そのような注釈のないマクブライドの自伝は、トランスジェンダーの権利を求めて闘い続ける「成功者」として彼女を称揚する効果をもたらすに違いなく、またそれは結果として、彼女がパレスチナの(クィアやトランスの同胞を含む)人々に与えている苦しみについて、多くの人の目を背けさせるものになるでしょう。
それは、シオニズム運動による「ピンクウォッシュ」に加担する行為に他ならぬものであると、当会は考えます。
また、本書がクラウド・ファウンディングによって出版されようとしていることは、こうした問題をさらに複雑なものにするでしょう。
本書は「自伝」であるということですので、そのナラティブは、マイノリティたる女性トランスジェンダーの「苦闘」の記録、同時にそれを克服して前進する「サクセス・ストーリー」として受容される向きが、あるだろうと思います。
そしてそれは同じセクシャルマイノリティ、特にトランスジェンダーにとって大変に魅力的、かつ強力なエンパワーメントのストーリーとして歓迎されることは、当然のことだろうと思います。
(わたし達を含む)日本で生活している人々の大半は、マクブライド議員の活躍の実際について、多くを知らないと思います。そして、彼女がイスラエル・ロビーの支援を受けている事実については、もっと知らないに違いありません。
わたし達は、セクシャル・マイノリティです。マジョリティの支配に抗いながら、しかし同時に、マジョリティによって抑圧される者に心を寄せたいと願う者です。
恐れながら現在、貴社が行なっているクラウド・ファウンディングに、サラ・マクブライドが親イスラエルの政治家であることを知らないまま出資したという人も、多数いらっしゃるのではないでしょうか?
私達の同胞の、日頃社会によって毀損され続けているプライドを回復させようとする行為が、パレスチナの人々の生き血で贖われるような事態になるのだとしたら。
そのようなことは、全く容認できません。
本書の出版及びクラウドファンディングがそのようなものとならないか。
わたし達は大変に憂慮し、懸念しております。
本書籍の出版、およびクラウド・ファウンディングのあり方について、今一度ご一考頂きたく、お願い申し上げる次第です。
宜しくご一考頂きますよう、お願い申し上げます。
※なお、本メッセージは、貴社のクラウド・ファウンディングに潜む問題を広く社会に告知する必要性に鑑み、「公開書簡」として当会サイトにも掲載致します。ご了承ください。
※私信を同意なく公開する行為に及ぶことは、原則としてございません。本メールに対するご返信についても、公開を当然に予定するものではございません。
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註
※訳出はいづれも引用者
註1
地元デラウェア州のニュースサイト Delaware Public Media は、2024年に実施された米国下院議員選挙を前にした討論会で、デラウェア州選出の民主党候補者としてのぞんだマクブライドが、自身の親イスラエル派としての立場を鮮明にしたと報じている。
McBride also made it clear she supports Israel's right to defend itself following the attacks of terrorist group Hamas just over a year ago, but would support U.S.-led efforts for a ceasefire and a two-state solution to resolve the Israeli-Palestinian conflict.
(McBride and Hansen take the stage for the 2024 Delaware Debates)
【訳】マクブライドはまた、1年ほど前のテロ組織ハマースによる攻撃を受けて、イスラエルが自衛する権利を支持すると明言したが、しかし米国政府がイスラエルとパレスチナの紛争解決に向けて、停戦と二国家解決の取り組み主導する努力をすることを支持する意向も述べた。
註2
米国のイスラエル・ロビー団体 AIPAC(American
Israel Public Affairs Committee) の活動を監視しているNGO、TRACK AIPAC は、マクブライドがイスラエル・ロビーより、計332,491ドルの献金を受けたと報告している。
註3
米国のクィア・アクティヴィズムからも、厳しい批判の声が上がっている。Autostraddle は、2024年11月のマクブライドの下院議員当選後ほどなく、彼女を「シオニスト」であると批判する記事を掲載した。2024年11月のトランプ政権の返り咲きという事態において、「米国連邦議会初の女性トランスジェンダー議員」サラ・マクブライドの誕生は、米国のクィア・コミュニティにとって、いわば悪夢の中の光明とでもいうべきものであっただろうことは、想像に難くない。記事の執筆者 Drew Burnett Gregory の筆致には、マクブライドへのアンビバレントな心情と、その苦しさが読み取れる。
Sarah McBride’s memoir, Tomorrow Will Be Different, was released about a year after I came out and began transitioning. I read the book and was moved by her story….But there’s a difference between being a pragmatist, a politician, and being an active voice encouraging one of the party’s greatest ongoing sins.
("Sarah McBride Is a Zionist")
【訳】サラ・マクブライドの回顧録『明日は変わる』は、私がカミングアウトして性別移行を始めた約1年後に出版されました。私はその本を読み、彼女の物語に心を打たれました…。しかし現実主義者であること、政治家であることと、民主党が犯し続けている最大の過ちを推し進める積極的な声としてあることは、違います。
POLITICO は2025年7月、下記のように報じている。
Rep. Sarah McBride blamed Israeli Prime Minister Benjamin Netanyahu for the humanitarian crisis in Gaza, saying his government has a responsibility for “facilitating the conditions.”
("McBride blames Netanyahu for Gaza famine")
【訳】マクブライド下院議員は、ガザ地区の人道危機についてイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相を非難し、同政権は「この状況を助長した」責任があると述べた。
註5
この点、私たちの多くは、米国の東アジアにおける軍事同盟国として基地を提供し、西アジア地域での米軍の展開を支援し続けてきた日本政府の責任――それは沖縄地域に負担を圧倒的に偏重させてきた――について、当然問われなければならない。
2026年4月7日
feministrans/フェミニス虎
