【無料公開】『日本女性学会 トランスジェンダー差別問題 Q&A』
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| 『フェミニス虎の巻』vol.1 オモテ表紙とウラ表紙 |
2025年5月24日、当会は “「日本女性学会 2024 年大会 分科会 調査報告書 」を読む” と題して集会を開催しました。
当会は後日、改めて報告者に、同書の内容と、それをめぐる日本女性学会の状況についてインタビューを行い、その内容をQ&A形式に編集のうえ『フェミニス虎の巻vol.1 日本女性学会トランスジェンダー差別問題Q&A集』として冊子を作成し、昨年より配布して参りました。
この度、間もなく開催される2026年度大会(2026年6月19日~21日、名古屋大学)を前に、ここにその内容を(一部を除き)掲載することと致します。
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日本女性学会2026年度大会では、2024年度大会にて選出された第23期幹事が任期を終え、新たに第24期幹事が選出される見込みです。
この間、第23期幹事会の下では、2024年度大会・H分会においてトランスジェンダー差別があったとの告発を受け『調査報告書』の作成が行われたとともに、同書の評価をめぐって、学会内部の対立が表面化しました。また、2025年4月には、代表幹事であった佐藤文香さんが、任期を途中にしてその役を辞任をするという混乱も見られました。
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| 近年の日本女性学会をめぐる出来事(年表) |
※本件の時系列情報は、以下のページにより詳しくまとめてあります。併せてご参照ください。
・【時系列・まとめ】日本女性学会・2024年度大会の分科会をめぐる出来事
第23期幹事会は2025年2月21日、上記報告書の提出を受け、「大会を含めた学会運営の改善を検討してまいります」とのコメントを発表しましたが、その後具体的にどのような取り組みがされているのか。当会は、昨年2025年度大会の開催に際しても「トランス差別を許さない、真に解放された女性学研究の場を!」と題して声明を発出するなど、本件につき引き続き社会的関心が注がれるべく、取り組みを続けて参りましたが、2025年度大会終了後も本日に至るまで何の続報もないままに、日本女性学会は間もなく2026年度大会を迎えようとしています。
当会は、新たな役員の選出を迎える日本女性学会2026年度大会を前に、この問題について改めて世の関心を喚起するべく、広く社会に訴えたいと思います。
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2024年のH分会において、一体どのような事態が起きていたのか。また、それをめぐって、学会内部にいかなる状況が生じていたのか。
本テクストと合わせ、ぜひ日本女性学会『調査報告書』をお手元におき、お確かめください。
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目次
- 『調査報告書』の結論を教えてください。
- どうしてこんなに分かりにくいんでしょうか?
- 一番読むのが難しいのは、どこでしょうか?
- 簡単に読む方法はないでしょうか?
- 『調査報告書』の一番の問題点は、どんなことですか?
- 『調査報告書』によれば、差別はなかったんですよね?
- でも、『調査報告書』には「差別があった」とは書かれていませんよね?
- 本当にそんなにひどいことが起こっているのだとしたら、誰も処分されないのは問題ではないですか?
- 仮に不十分なものだったとしても、学会の幹事の立場で『調査報告書』を批判したり、否定したりするのは問題ではないですか?
- 反署名派は、『調査報告書』の結論に基づいて署名派を批判しているのではないのですか?
- 『調査報告書』の否定という批判が事実無根であるなら、なぜ署名派はそのことを主張しないんですか?
- 署名派が『調査報告書』を否定している、というのはデマだとして、しかし署名の呼びかけは、学会のガバナンスを危うくする行為ではありませんか?
- でも学会の内部に問題があるからといって、それを学会の外部に訴えて変えてしまうことは、問題ではないですか?
- 日本女性学会は、今後どのようになっていくのでしょうか?
Q1.『調査報告書』(註1)の結論を教えてください。
結論は次の部分、特に二文目です。
“1〜3 において検討してきたように、分科会においては『宣言』に抵触すると受け止められるような事態が発生しており、それについて、幹事会の事前および当日の配慮が不十分であったことを反省的に認め、今後このような事態が発生しないよう、対策を検討する必要がある。以上により、調査WG(ワーキング・グループ)は、分科会に関する日本女性学会の対応について、事前、当日、いづれにお いても、学会運営の姿勢・責任に不備があったものと評価する。”(『調査報告書』p21)
本書は四つの章に分かれており、いづれの章も、その最後に「評価」の節が置かれています。
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| 図表1 『調査報告書』の構成 |
上記の部分は、最後の四つ目の章、「4. 幹事会の対応不備について」の「評価」の節にあるもので、1〜3の章を含めた全体の、総論的結論と言うべき内容になります。
「分科会においては『宣言』に抵触すると受け止められるような事態が発生」していたこと。これを日本女性学会、およびその執行機関である幹事会による「学会運営の姿勢・責任に不備」がある事態として考えるべきであること。「今後このような事態が発生しないよう、対策を検討する必要がある」ことを、『調査報告書』は結論しています。
Q2. 実際に読んでみましたが、結局何が言いたいのか、よく分かりませんでした。『調査報告書』は、どうしてこんなに分かりにくいんでしょうか?
事実認定と評価がしっかりと区分けされていないことが、最大の理由だと思います。
一般に「調査」といえば、生起した現象について調べ、その因果関係などを突き止めたうえで、評価を述べるものです。事実の「調査・認定」とその「評価」は段階の異なる別々の行為ですから、これを混同するべきではありません。
しかし、本書には「評価」と題したパートに、事実関係の記述を行なっている箇所が、おびただしくあります。結果、全体として冗長かつ曖昧で、とても読みにくい仕上がりになってしまっていると思います。
Q3. 一番読むのが難しいのは、どこでしょうか?
特に読みづらいのは第1章、「1.分科会の内容に対する指摘について」だと思います。
この部分をとりあえず飛ばして、まずは他の章から読んでいくのがよいだろうと思いますが、とはいえ、このパートに目を通していかないことには、「トランス差別」として議論がなされている事柄の実際について、認識することが難しいだろうと思います。悩ましいところですね。
先ほども述べましたが、そもそも本書は、
“4 つの観点に分け、問題の指摘、事実の確認、評価についてそれぞれ述べる。”(『調査報告書』p1)
という構成を採っています。「4つの観点」が、そのまま章として立ち、「問題の指摘」「事実の確認」「評価」の項目に分けて論じられている。(※上図「『調査報告書』の構成参照)
ただ、そのうち「1.分科会の内容に対する指摘について」だけは、問題の指摘があった、それぞれ三つのルート(「幹事からの指摘」「抗議文における指摘 」「要望書等における指摘 」)ごとに分けて論じられていて、さらにその三つが、それぞれ「報告について」(※分科会におけるパネル報告者による「報告」のこと)と「質疑応答について」に分けられ、それぞれ「a-5」「b-4」という具合に記号が振られています。さらにややこしいことに、「1-1.問題の指摘」「1-2. 確認した事実 」を通じてこのように割り振られた事柄は、次段階の「1-3. 評価 」に進むにあたって9項目に「集約」され、論じられていきます。(『調査報告書』p5)
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| 図表2 「1.分科会の内容に対する指摘について」の構成 |
私は最終的に、それぞれの項目ごとにエクセル表を作ってこの章の内容を整理しましたけど、そのような手間をかけてまで読む人は、少数だろうと思います。
Q4.簡単に読む方法はないでしょうか?
『調査報告書』全体の構成については既にお話しました。まずはそれぞれの「評価」の節を確認してから、「確認した事実」、最後に「問題の指摘」という具合に、遡って読んでいくのがよいのではないかと思います。それから、特に「1.分科会の内容に対する指摘について」を読む際には、「事実の確認」の節において、具体的に行為者や発言者が特定されている項目に着目して見ていくのがよいでしょう。
一般に行為者が特定されていない事柄は、それだけ問題の指摘や追及が困難になります。つまり、「事実」として認定するのが難しくなる。
第1章では、「確認した事実」を「質疑応答」と「報告について」の二種類に分けて論じているわけですが、「質疑応答」の場面は、発言の文脈が(質問者とその回答者の)相互のコミュニケーションによって変化していきますし、野次などの不規則発言も入り込み易くなるでしょうから、発言者の発言内容を特定していくことが困難になる傾向が強いだろうという推測が立ちます。
従って、「質疑応答について」と振り分けられた項目(a)よりも、まずは「報告について」(b)の項目に着目して、その事実認定と評価を見ていくのがよいだろうと思います。
Q5.『調査報告書』の一番の問題点は、どんなことですか?
物事を判断するにあたっては、判断が拠って立つ基準が必要です。『調査報告書』が根拠とすると明示している基準は、最終ページに「参考資料」として掲載されている「学会活動の自由と公正のための宣言」(註2)です。ちなみに『宣言』第1条では、
“1. 会員は、人種、民族、国籍、宗教、障がい、門地、年齢、容姿、性別、性自認、性的指向、婚姻上の 地位、子どもの有無、その他あらゆる形態の差別をしない。”(『宣言』)
と、トランスジェンダーに対する差別の禁止が明確に記載されています。
さて、その第1条に先立って、『宣言』の前文には、この規範がどのような趣旨のものであるのかが説明されています。
“学会において、それぞれの会員が自由に活動をするためには、他人の権利の侵害、不当な差別やいやがらせ、研究活動上の不正のない、公正で対等な関係が不可欠である。この『宣言』は、学会活動を十分に行う環境を作るため、日本女性学会の基本的姿勢を確認するものである”(『宣言』)
私はここで、二つの事柄と、その関係が述べられていることに着目したいです。
一つは、会員の「自由な活動」です。これは憲法に直接「学問の自由」として規定されている権利と言ってよく、それだけに重要な理念であると言えます。もう一つは、「公正で対等な関係」と言われるものです。
『宣言』を読めば、そこに定められているのは、後者を保持するための規定であることが分かります。そしてこの二者の関係性について、『宣言』は、前者を守るためには後者が必要不可欠であること、故に「公正で対等な関係」を保持することは、「日本女性学会の基本的姿勢」であると述べています。
学会なのですから、「学問の自由」が大事であることは論を俟たないわけですが、しかしそれが権利として護られるためには、より「公正で対等な関係」が保持される必要がある。いわば「公正で対等な関係」なしに、「学問の自由」はない。ゆえに「公正で対等な関係」を保持することは、同学会の「基本的姿勢」であると、そう『宣言』は述べているわけです。
しかし『調査報告書』は、この『宣言』に拠ると言っておきながら、その精神にまったく反する行為をしています。 「3.学術的な会議の場としての分科会について 」の章を見てください。
“分科会が、学術的な会議の場として成立していたか否かを評価する際、まず❶自由な報告と議論がな されるような運営がなされていたか否か、次に❷学会の活動として学術的に意義のあるものだったか否 かを問う必要がある。”(『調査報告書』p16)
この箇所は、「3.学術的な会議の場としての分科会について 」についての「評価」を述べる節の、一番最初の文です。いわば、今から評価を述べるにあたって、それがどのような基準や前提に拠っているのかを示す一文であるわけですが、ここには既に、それより上位の基準であるはずの『宣言』の精神が捨象されてしまっています。
トランスジェンダーに対する差別とは、まさに『宣言』で言われているところの「公正で対等な関係」が侵害されているという問題のはずです。にも拘らず、この章では「学術的な会議の場」であったのかどうか=「❶自由な報告と議論がな されるような運営がなされていたか否か、次に❷学会の活動として学術的に意義のあるものだったか否か」が独立した評価基準として設定されており、結果的に『宣言』において「学会の基本的姿勢」と謳われているはずの「公正で対等な関係」はそれと同列、あるいは劣後する結果となってしまっています。(註3)
『調査報告書』のこうした傾向は、ただこの章の問題というに留まらず、同書の至るところに見られます。
“…そのような展開にならなかったことは残念であった。”(『調査報告書』p8)
“…そこから、議論を深めるような展開とならなかったことは残念であった。”(『調査報告書』p9)
“…そうした展開にならなかったことが惜しまれる。”(『調査報告書』p10)
一一体この調査は、何のために、どのような疑義について行われるものなのか。調査が拠って立つべき理念そのものが、この『調査報告書』によって揺らぐ結果となっていると言えるでしょう。
このように、『調査報告書』が図らずも明らかにしているのは、日本女性学会においてトランスジェンダーに対する偏見や差別が存在しているということだけではなく、それが「学問の自由」という<特権>の下でいかに正当化されているのか、ということであるように私は思います。これは、学問の欺瞞と言うべきものではないでしょうか?
また、『調査報告書』に見られる、この「学術的な会議の場」であったのかどうかということへの執着傾向は、結果として差別の有無という問題に対する焦点化を阻む効果をもたらしていると思います。これは『調査報告書』が大変に読みづらいものになってしまったこと(Q2 参照の、もう一つの大きな要因であると思います。
Q6.『調査報告書』によれば、差別はなかったんですよね?
「差別はなかった」というのは、具体的にどういうことを指すのでしょうか?
『調査報告書』に、問題の分科会において「差別」という語を用いてそれがあった/なかった、と結論的に述べられている箇所は、ありません。しかし、例えば『調査報告書』は、第1章の「1.分科会の内容に対する指摘について」において、次のように結論しています。
“以上❶~❾の論点整理に基づき、調査WG(ワーキング・グループ)は、「フェミニズムと表現・出版・学問の自由」をテー マに掲げた分科会が、テーマに即して議論を深めることができず、とりわけ質疑応答の場面において、 多様な問題に関連してトランスジェンダーの権利擁護運動への批判を確認し合うことになった結果、トランスジェンダー当事者やトランスジェンダーの権利擁護の立場をとる参加者に対する攻撃や侮辱とな り、問題があったと評価する。”(『調査報告書』p13)
「トランスジェンダー当事者やトランスジェンダーの権利擁護の立場をとる参加者に対する攻撃や侮辱」が発生する学問研究の場を、一体どう評価するべきでしょうか?
分科会において「差別はなかった」と述べる主張者は、併せてそのように判断した根拠を具体的に示すべきだと思います。
Q7. でも、『調査報告書』には「差別があった」とは書かれていませんよね?
繰り返しますが、『調査報告書』に、「差別があった」という表記はありません。また、反対に「差別はなかった」という表記もありません。
しかし、例えば問題の分科会における報告者の行為について、下記のように言及されています。
“また、本パネルでは、B氏の報告から一貫してトランスジェンダーの人権運動を女性への暴力や搾取 に結びつけ、女性に対する脅威とみなしている。その一方で、いわゆる「女性オンリー空間」において 起こるハラスメントや暴力は、圧倒的にシスジェンダー女性からトランスジェンダー女性、あるいはノ ンバイナリーの人に対して行われることが多いことも報告されている。こうした調査結果をふまえ ず、トランスジェンダーの人権運動をシスジェンダー女性への加虐性と特徴づけ、脅威として取り扱う ことは、差別的であるだけでなく、研究報告として不適切であるとみなしうる。”(『調査報告書』p9)
“女性の言うことより男性の言うことの方が信頼されるというかたちで現れる女性差別と同様に、トランスジェンダーに対する偏見・差別がある社会においては、トランスジェンダーの主張がしばしば不合理、信頼に足らないものとして扱われ、「非合理的な連中」としてイメージされてしまう。B 氏による 「でたらめ」「ナンセンス」という発言は、こうしたトランスジェンダーの合理性の否定という典型的な差別言説をなぞるものである。”(『調査報告書』p12)
これらの記述を読んで、問題の分科会においてトランスジェンダー差別があったと人が理解するのは自然なことであり、充分に合理性のあることであると、私は思います。
それから、問題の分科会では、トランスジェンダー差別とは別の問題もありました。『調査報告書』の 「2.A 氏による申し立てについて 」の章では、パネル報告者であるAさんが申し立てられた事案について次のように書かれています。
“調査WG(ワーキング・グループ) は、当該発言を、社会的信用や名誉の毀損、プライバシーや人権の侵害に該当するとまでは言えないが、学術的な会議の場にはそぐわない攻撃的な発言であり、適切と言えない質疑の場面であったと評価する。”(『調査報告書』p15)
これは大変手ぬるい判断と言わざるを得ません。ここで問題として論じられている行為は、パネル報告者であるBさんへのセクシャル・ハラスメントだと私は思います。これはセクハラと断じられて然るべき事柄だと思います。
Q8.本当にそんなにひどいことが起こっているのだとしたら、誰も処分されないのは問題ではないですか?
もっともな意見だと思います。しかし、この件で誰かが処分されるということは、まずないでしょう(註4)。なぜなら、日本女性学会の規約には、誰かに懲罰を加えたりするための規定がないからです。同規約の定める退会についての規定は、第7条の書面通知による自主退会の規定だけです。
『調査報告書』は「『宣言』」を根拠に置くと言っていますし、当然「『宣言』」は規約に基づいているわけですが、肝心の規約に罰則の規定がないわけですから、「調査」をしたところで「その後」可能になる手段が実質的にはないに等しい状態だということは、幹事会も調査WG(ワーキング・グループ)も、はじめから織り込み済みのことであったと思います。
しかし、だからといって、否、そうであるならばなおのこと、可能な限りの「調査」を尽くすべきではないかと私は思いますが、しかし、調査WG(ワーキング・グループ)(ワーキング・グループ)は、その要請に応えていないのではないかと、私は思いました。『調査報告書』p2には、以下の記述があります。
“性自認は存在しない、あるいは生物学的性別のみが存在する、という発言は録音では確認できなかった。発表資料の中にそのような内容が含まれていた可能性はあるが、調査WG(ワーキング・グループ)では B 氏に発表資料の提供を求めることは困難であると判断したため、資料については確認しなかった。”(『調査報告書』p2)
Bさんに提供を求めて断られたというならばとにかく、それを求めることすらしていないというのでは、任務の怠慢を指摘されても仕方ないのではないかと、私は思います。
Q9.仮に不十分なものだったとしても、学会の幹事の立場で『調査報告書』を批判したり、否定したりするのは問題ではないですか?
署名を呼びかけた人々(註5)の話ですよね。それについては、そもそもあなたの認識が間違っています。
署名派が『調査報告書』を否定していると言う事実は、この人々のテクストを読む限り確認できません。むしろ署名派は、かなりしっかりと『調査報告書』の内容に基づいて主張を展開していると評価できると、私は思います。
下記は、署名派が、署名を呼びかけた際のテクストです。
“報告書では「(当該大会分科会が)トランスジェンダー当事者やトランスジェンダーの権利擁護の立場をとる参加者に対する攻撃や侮辱となり、問題があった」「分科会に関する日本女性学会の対応について、事前、当日、いづれにおいても、学会運営の姿勢・責任に不備があった」との結論を示すとともに、大会を含めた学会運営の改善を検討していくと、今後の方針を示しています。
当該分科会の報告と質疑応答は、トランスジェンダー女性の性自認のみならず、性自認概念そのものを否定し、また、トランスジェンダーの人権擁護運動を女性に対する暴力や搾取と結びつけ、長年に渡る当事者運動を「カルト」とみなすなど、トランスジェンダーに対する差別や攻撃に満ちたものでした。”
(署名派 2025.04.21)
まず上の一段落目について説明します。
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| 図表3 署名派テクストにおける『調査報告書』の参照関係 a |
黄色のマーカー部分は『調査報告書』の第1章、緑のマーカー部分は第4章の「評価」の項目、つまり結論部分です。「大会を含めた学会運営の改善を検討していく」という箇所も、幹事会による発表分(日本女性学会 2024.02.21)にある言葉をそのまま使って、『調査報告書』の内容についての説明がされています。
次に鉤括弧の付されていない二段落目を読んでみましょう。下の図を見てください。
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| 図表4 署名派テクストにおける『調査報告書』の参照関係 b |
こちらに示したとおり、図の中央にある署名派のテクストの青の部分、“トランスジェンダーの人権擁護運動を女性に対する暴力や搾取と結びつけ」”という箇所は『調査報告書』9頁、紫の“「長年に渡る当事者運動を「カルト」とみなす”という箇所は11頁に記載があるものです。
オレンジの部分にある「トランスジェンダー女性の性自認のみならず、性自認概念そのものを否定し」という箇所については、内容的には6頁の記載に即したものだと考えられます。
分科会の「報告と質疑応答」が「性自認概念そのものを否定」(署名派 2025.04.21)していると言えるかどうかは、尚もう少し説明が必要だろうとは思いますが、パネル報告者のBさんが「トランスジェンダー女性の性自認」(署名派 2025.04.21)を否定しているということは、『調査報告書』の記述から明らかであると思います。(註6)
このように署名派は、「トランスジェンダーに対する差別や攻撃に満ちたものでした」との評価を述べるにあたり、かなり正確に『調査報告書』記載に基づいて主張をしています。
反署名派は、署名派が『調査報告書』を否定していると盛んに主張していますが、なぜそうだと言えるのか、実質的には何ら理由が示されていません。これは不当な言論だと思います。
署名派が『調査報告書』を否定しているというのは、全く事実に反しています。
Q.10.反署名派は、『調査報告書』の結論に基づいて署名派を批判しているのではないのですか?
もしそうだとするならば、反署名派は『調査報告書』の内容を歪めて解釈していると言わざるを得ないでしょう。
残念ながら、『調査報告書』に対する反署名派の態度は大変に不誠実です。自分たちに都合のいいように、ずいぶん勝手な解釈に基づいて引用をしているなと、私は思っています。
例えば反署名派は、『調査報告書』 p17 とp21 を引用して、次のように述べます。
“ワーキンググループは録音や聞き取りというエビデンスに基づいて調査を実施し、報告については「『学会活動の自由と公正のための宣言』で謳われる『あらゆる形態の差別をしない』に反するものとは見られない」(17頁)と結論付けたものの、幹事会の対応については、「事前および当日の配慮が不十分であったことを反省的に認め」(21頁)、今後同様のことが起こらないよう対策を検討することとしました。”(反署名派 2025.04.30)
ここで引用されている前半部、『調査報告書』 p17 にある部分は、「3.学術的な会議の場としての分科会について」と題された章の結論、「評価」として述べられたものです。(「3.学術的な会議の場としての分科会について」という考え方の欺瞞性については、Q5 で既に述べました。)
「『学会活動の自由と公正のための宣言』で謳われる『あらゆる形態の差別をしない』に反するものとは見られない」という文を、反署名派が「報告については」と自らの言葉を補って引用していることに、まず注意が必要です。
なぜなら、実際には『調査報告書』 p17には、次のように書かれているからです。(※下線による強調は引用者。)
“報告に限って言えば、トランス女性を女性として扱わない立場からのものであるものの、表現は抑制されたものであり、反論や議論に開かれており、その形式は「学会活動の自由と公正のための宣言」で謳われる「あらゆる形態の差別をしない」に反するものとは見られない。”(『調査報告書』p17 )
「報告については」(反署名派)と言うのと、「報告に限って言えば」と言うのとでは、読み手が受け取る印象は、かなり違うのではないでしょうか。後者の場合は、「報告」に限らない事柄があることを前提として、この箇所では「報告に限って」言及がされることを、読者は読み取ることが可能です。しかし、「報告については」という表現からは、そうした見通しを得ることは出来ないでしょう。一体、反署名派は、「報告に限って言えば」と地の文をそのまま引用しても全く問題なく意味が通るところを、なぜ自分たちの言葉に置き換えてしまったのでしょうか。不可解に思います。
この箇所が重要なのは、更に次のような事情があるからです。即ち、これまで見てきたように『調査報告書』は、問題の分科会につき、「報告について」と「質疑応答について」とに分けて論じています。『調査報告書』においては、仮に「報告については「『学会活動の自由と公正のための宣言』で謳われる『あらゆる形態の差別をしない』に反するものとは見られない」(17頁)と結論付けた」(反署名派 2025.04.30)からといって、「質疑応答」がどうであったのかは分からない。「差別」がなかった、と言うことは出来ないのです。
むしろ実際には、「質疑応答」の場面において、次のような発言が行われています。これは注意深く関心を向けられるべき事柄です。
“B氏による「自認」についての発言は、報告ではなく質疑応答において確認された。トランスの権利 擁護の運動を「カルト思想」と捉えて、それに対抗する方法を尋ねた質問に対して、B氏は質問者に同 調し、「彼らの、論理・主張」は「でたらめ以外の何物でもないのであって、まったくナンセンスなも の」としたうえで、「左派やリベラル派に属する人々が、これは、おかしいと声をあげること」が対抗 策であると回答した。続いて、「その人が増えれば確実に我々は勝ちます。だって彼らになんも本質的な根拠、ないわけですから。そうでしょ。地球は真っ平らだと言ってるのと一緒でしょ(会場 笑い)。 それと同じレベルのこと言ってる人ですよ。自認によって性別を変えられるとか。そんなばかなことあ りえないわけで、そういう人たちがなぜ力をもってるのか、こういう多くの人が声をあげないからですよ。あげれば彼らがあっという間に粉砕されます」と述べた。”(『調査報告書』p3)
一方、p21 のものとして引用されている後半部は、「4. 幹事会の対応不備について」の結論、「評価」として述べられたものです。『調査報告書』には、実際には以下のように書かれています。(※下線による強調は引用者。)
“1〜3 において検討してきたように、分科会においては「宣言」に抵触すると受け止められるような事態が発生しており、それについて、幹事会の事前および当日の配慮が不十分であったことを反省的に認め、今後このような事態が発生しないよう、対策を検討する必要がある。”(『調査報告書』p21)
下線で強調された部分が、前半部で引用されている「その形式は「学会活動の自由と公正のための宣言」で謳われる「あらゆる形態の差別をしない」に反するものとは見られない」という引用部分と全く真逆の内容を指していることに、お気づきでしょうか?
つまり反署名派は、前半部での引用に際しては、
- a-1. 実際には「報告に限って言えば」と書かれている箇所を引用から脱落させ、
- a-2. 代わりに「報告については」と、自ら言葉を引用外から補った上で、
- a-3. 「『学会活動の自由と公正のための宣言』で謳われる『あらゆる形態の差別をしない』に反するものとは見られない」(『調査報告書』p17)との箇所のみを抜き出す
一方で、後半部の引用においては、
- b-1. 「分科会においては「宣言」に抵触すると受け止められるような事態が発生」(『調査報告書』p21)していると述べている箇所を脱落させつつ、
- b-2. 直後の「事前および当日の配慮が不十分であったことを反省的に認め」(『調査報告書』p21)との箇所のみを抜き出し、
a と b を結合させるために、
- c-1. 両者を「結論付けたものの」と逆説で接続させながら、
- c-2. 「今後同様のことが起こらないよう対策を検討することとしました」(『調査報告書』p21)との末文を添えて文を締める、
という作業をしています。
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| 図表5 反署名派テクストにおける『調査報告書』の参照関係 |
この反署名派の引用では、理由であったはずの「分科会においては「『宣言』」に抵触すると受け止められるような事態が発生」(b-1)していたという事実は隠されたまま、むしろ「『学会活動の自由と公正のための宣言』で謳われる『あらゆる形態の差別をしない』に反するものとは見られない」との裁定を補うように(あるいは、それが温情的行為とも解釈可能な書き振りで)「事前および当日の配慮が不十分であったことを反省的に認め」(b-2)ることが引用され、「今後同様のことが起こらないよう対策を検討すること」(c-2)になったのだと、述べられています。
しかもそれは、「報告に限って言えば」(a-1)に換えて「報告については」(a-2)の語を採用することで、『調査報告書』には存在する「質疑応答」における問題事実へと読者の関心が向かうことを回避させつつ、この文の言及対象が、a-1 の語が直接示す領域のみにあるよう演出し、自身が行っている引用という<語り>の適正性に問題がないかのような体裁を取っています。
しかし、見落とさないでください。まるで差し替えられたような格好となっている a-3 と b-1 の文は、実のところは全く正反対の趣旨のことを述べているのです。
引用にあたって、「分科会においては「宣言」に抵触すると受け止められるような事態が発生」(b-1)していたとの一文が脱落していることは、重大な問題です。これは非難されるべきレベルの、大変に悪質なパッチワークであると言わざるを得ません。この『調査報告書』 p17 の記述は、反署名派によって再び引用されます。
“調査報告書では「学術的な会議の場としての当該分科会について」の評価として、「報告に限って言えば、トランス女性を女性として扱わない立場からのものであるものの、表現は抑制されたものであり、反論や議論に開かれており、その形式は『学会活動の自由と公正のための宣言』で謳われる『あらゆる形態の差別をしない』に反するものとは見られない。『性自認』については現在議論が続いているところであり、学会は『差別』とならぬよう手立てを講じつつ、議論の場を確保し続ける必要がある。また、報告後のフロアからの質問や意見に関しては、主催者が発言者を選別して自由な議論を封じるような事態は見られなかった」(17頁)とされ、差別とはいえないと結論付けられています。”(反署名派 2025.04.30)
今度は「報告については」と自ら書き換えず、「報告に限って言えば」と地の文をそのまま引用されています。また、こちらの方が、先程の箇所よりも長い引用となっていますが、末尾は「差別とはいえないと結論付けられています」と、反署名派による評価の言葉で結ばれています。
再度繰り返しますが、『調査報告書』には「差別」があったとも、なかったとも、それその語句を用いた明示的な記載はありません。
一方、『調査報告書』は、問題の分科会における報告者による報告、あるいは質疑応答において、次のような行為があったことを認定しています。
“また、本パネルでは、B氏の報告から一貫してトランスジェンダーの人権運動を女性への暴力や搾取 に結びつけ、女性に対する脅威とみなしている。その一方で、いわゆる「女性オンリー空間」において 起こるハラスメントや暴力は、圧倒的にシスジェンダー女性からトランスジェンダー女性、あるいはノンバイナリーの人に対して行われることが多いことも報告されている。こうした調査結果をふまえ ず、トランスジェンダーの人権運動をシスジェンダー女性への加虐性と特徴づけ、脅威として取り扱う ことは、差別的であるだけでなく、研究報告として不適切であるとみなしうる。”(『調査報告書』p9)
“女性の言うことより男性の言うことの方が信頼されるというかたちで現れる女性差別と同様に、トランスジェンダーに対する偏見・差別がある社会においては、トランスジェンダーの主張がしばしば不合理、信頼に足らないものとして扱われ、「非合理的な連中」としてイメージされてしまう。B 氏による 「でたらめ」「ナンセンス」という発言は、こうしたトランスジェンダーの合理性の否定という典型的な差別言説をなぞるものである。”(『調査報告書』p12)
こうした事実認定や評価の下、『調査報告書』は、
“トランスジェンダー当事者やトランスジェンダーの権利擁護の立場をとる参加者に対する攻撃や侮辱となり、問題があったと評価する”(『調査報告書』p13)
と述べるとともに、最終的に
“分科会においては「宣言」に抵触すると受け止められるような事態が発生しており、それについて、幹事会の事前および当日の配慮が不十分であったことを反省的に認め、今後このような事態が発生しないよう、対策を検討する必要がある”(『調査報告書』p21)
と提言した上で、
“調査WG(ワーキング・グループ)は、分科会に関する日本女性学会の対応について、事前、当日、いづれにおいても、学会運営の姿勢・責任に不備があったものと評価する”(『調査報告書』p21)
と結論しました。
一体、『調査報告書』を否定し、その内容を上書きしようとしているのは誰なのでしょうか?主張の是非以前の問題として、反署名派の言論には、見過ごせない不実があることを指摘せざるを得ません。(註7)
Q11.『調査報告書』の否定という批判が事実無根であるなら、なぜ署名派はそのことを主張しないんですか?
いいえ、はっきり主張しています。
“「反省の表明および声明」は、ワーキンググループにおける検証と議論の結果として確認された問題意識をより広い文脈に位置付けたものであり、日本女性学会の調査報告書自体への批判ではありません。”(署名派 2025.05.13)
しかしこのように署名派が「『調査報告書』の否定」という事実を否定しても、残念ながら、広まってしまったデマを払拭することは難しいように思います。なぜなら、既に名のある第三者が関与して 「署名派が『調査報告書』を否定している」 と、誤情報を発信してしまっているからです。
與那覇潤さんは歴史学者として著名な方ですが、「ある "学会乗っ取り" の背景: トランスジェンダリズムは「戦前の右翼」である」というタイトルで、日本女性学会での一連の内紛について意見を述べています。その主張内容(下記、画像1 参照)も大変に問題があると私は思いますが、與那覇さんは、署名派の人々が『調査報告書』を否定しているということを前提に、次のように自論を展開しています。(※下線による強調は引用者による。)
“報告書の結論を実質的に否定する「反省の表明」と、一般論として差別反対の旨だけを述べる「声明および賛同の呼びかけ」の二部構成に分け、後者に関して「日本女性学会員に限らず、賛同いただける方はどなたでも賛意をお寄せください」と呼びかけている。”(與那覇潤 2025.05.22)
ちなみに與那覇さんがその論拠として提示しているのは、第23期(現任)幹事のひとりである千田有紀さんによる記事です。
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| 画像1 與那覇による千田の引用(與那覇潤 2025.05.22 より) |
千田さんは、反署名派との関係は不明ですが、個人としてweb上で意見を表明しています。(公表されているテクストを読む限り、反署名派と千田さんのこの問題についての見解は、概ね一致していると言ってよいと思います。)ここでも、署名派による「『調査報告書』の否定」ということが「事実」として述べられています。(※下線による強調は引用者による。)
“ところが部会に参加されていなかった幹事が反対を振り切って「学会として検証する」といい、その結果発表はトランス差別ではなかったとしか認定できなかったら、まさにその検証をおこなった幹事が呼びかけ人となって、自分たちの書いた報告書を否定して、周囲のひとたちに「差別だから署名してくれ」と署名が始まったという次第です”(千田有紀 2025.05.14)
なお、私は呆れてしまったのですが、千田さんはこの記事の文末で、生成AI である Chat GBT が出力した結果だとという図表を示して、次のように語っています。
“下は借り物ですがChat GPTはすごい。署名したひとのほとんどは、報告書すら読んでいないと思います。”(千田有紀 2025.05.14)
図表には、「新声明側」という項目に対して、「調査報告書側」という語が対置されています。「学会運営の姿勢・責任に不備があったものと評価する 」と『調査報告書』は結論を述べているわけですが、そこにおいて「調査報告書側」というのは、一体どういう立場の人々を指すのでしょうか?
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| 画像2 千田が示すChat GPT 産出の図表(千田有紀 2025.05.14 より) |
「Chat GPTはすごい 」と感じるかどうかは、個人の感じ方というところでしょうが、それが出力した内容が「事実」とは限らないことは、誰しもが持ち合わせておくべき常識でしょう。それに比べれば、仮に「あの千田有紀さんがそう言っているのだから」と、その情報が本当がどうか裏付けを取ることをせずに人が信じてしまったとしても、そのことで(Chat GPT の出力情報を信じるのと)同様に責めを負うべきとは、言い難いだろうと思います。
名だたる学者がこのようにテクストを誤読し、それに基づくデマが次々と広がってしまっている有様を見るのは、何とも荒涼たる気持ちになります。
Q12.署名派が『調査報告書』を否定している、というのはデマだとして、しかし署名の呼びかけは、学会のガバナンスを危うくする行為ではありませんか?
「ガバナンスの機能不全」「ガバナンスの危機」というのは、辞任した前代表幹事(註8)である佐藤文香さんの言葉ですね。ご質問されたことに イエス/ノー の二択で答えるならば、確かに署名派の運動は、日本女性学会のガバナンスを危うくする行為であると思います。
でも、「ガバナンス」を危うくしている事柄は、署名派による署名呼びかけという行為だけではないと、私は思います。
今回の問題の発端は、「100名近い参加者を得たもっとも盛況な会」(反署名派 2025.05.02)であたっという「H分科会」について、トランスジェンダー差別があったと批判が寄せられたことです。この点について『調査報告書』の記述は大変わかりにくく、曖昧であり、結論は明確ではありません。しかし、それでも『調査報告書』は、
“分科会に関する日本女性学会の対応について、事前、当日、いづれにお いても、学会運営の姿勢・責任に不備があったものと評価する”(『調査報告書』p21)
と総論的に結論を示しており、更に問題の分科会においては、
“トランスジェンダー当事者やトランスジェンダーの権利擁護の立場をとる参加者に対する攻撃や侮辱となり、問題があったと評価する”(『調査報告書』p13)
と述べているわけです。
こうした事態を招くに到った土壌が、日本女性学会にあるのではないかということが、深刻に懸念されるべきだと、私は思います。(註9)
また、この問題は、直接に日本女性学会の『宣言』が規定する性自認に基づく差別禁止に反する疑いがあり、規約第2条で定める日本女性学会の目的に反する、重大な事態であることも疑われます。
“「1. 会員は、人種、民族、国籍、宗教、障がい、門地、年齢、容姿、性別、性自認、性的指向、婚姻上の 地位、子どもの有無、その他あらゆる形態の差別をしない。”(『宣言』)
“第2条 本会はあらゆる形態の性差別をなくし、既成の学問体系をこえた女性学の確立をめざし、そのための研究および情報交換を行なうことを目的とする。”(「日本女性学会規約」)
ガナバンスの危機、日本女性学会の統治の危機というのであれば、そもそも学会がこのような「ガバナンス」状態にあることは、一体どうなるんでしょうか?
学問の名の下に、「トランスジェンダー当事者やトランスジェンダーの権利擁護の立場をとる参加者に対する攻撃や侮辱」(『調査報告書』p13)が公然と行われてしまったこと。
「分科会においては「宣言」に抵触すると受け止められるような事態が発生」(『調査報告書』p21)してしまったこと。
佐藤文香さんは、署名派の行為による学会の「ガバナンスの危機」について述べていますが、しかし問題の発端と言える2024年度大会での出来事について、(2024年度大会で新たに就任したとはいえ)代表幹事としてどのように責任を認識しているのか、何ら言及がありません。
私はこれはバランスを欠いた、不公平な主張だと思います。また、そもそも、もし本当に日本女性学会が、(署名派の行為により)「ガバナンスの危機」にあるののであれば、佐藤文香さんは代表幹事を辞めることは、学会のガバナンスを更に不安定な状態に曝すことになるのではないでしょうか?
そうした意味で、反署名派の「ガバナンスの危機」論は、主張そのものについては理解出来ますが、「危機」の取り出し方が恣意的で、公平性に欠ける議論だと感じています。
Q13.でも学会の内部に問題があるからといって、それを学会の外部に訴えて変えてしまうことは、問題ではないですか?
問題だと思います。でも、それと同じくらい、差別や抑圧を伴うガバナンスに居直ることも、問題だと思います。
日本女性学会は今、明らかに内紛状態にあると言って良いと思います。そして内紛の背景には、『調査報告書』にも明らかな通り、トランスジェンダー差別の問題が横たわっています。
確かに、学会内部のガバナンスを健全に維持することは、重要でしょう。内部の秩序と規律が維持されるためには、ルールへの信頼が不可欠です。しかし、外部に向けて署名活動を始めた人々の行為もまた、<法>を拠り所として意見を述べていることを、見落とすべきではないと思います。
ある集団が、自分たちの集団が定めている基本的目的から逸脱しているような状態にある時に、単にガナバンスを損ねるな、ルールを守れと主張することは、抑圧や差別を抱える体制を正当化することと同義となるでしょう。署名派/反署名派の評価は、それぞれが具体的に述べたこと、行なったこと、方法、様態や程度について、日本女性学会の理念に照らしながら、されるべきではないでしょうか?
このような、ある集団の内紛的事態については、(集団内の)個別のルール違反のみをもって一概によいとか悪いという具合には、評価できないと私は思います。それらの評価は、個別具体的な事例の検討を足掛かりとして、判断されるべきものでしょう。
単に外部に訴えることが問題だという「ガバナンスの危機」論(反署名派 2025.04.30)は、最高責任者の地位にあった個人の心情としては汲むべき点があるのかもしれませんが、しかし、それだけでは一面的な主張であることは否めず、日本女性学会の代表理事であった方の発言として、大変残念なものだと、私は思いました。
Q14. 日本女性学会は、今後どのようになっていくのでしょうか?
わかりません。ただ、日本女性学会に反セックスワーカー•反トランスジェンダーの思想をもつ人々が多数浸透していることは、今や公然の事実です。これは由々しき事態だと、私は思います。
「女性スペースを守る会」の共同代表であるという森谷みのりさんは、同会のwebサイトで、2月27日に日本女性学会への入会承認の通知を受け取ったことを述べています。昨年の、件の分科会に出席したその日に入会を申し込み、およそ半月の期間をへての入会承認であったそうです。(註10)
また、長年セックスワーカーの権利運動と激しく対立してきた「ポルノ買春問題研究会(APP研)」は6月1日、「ポルノ・買春問題研究会の中心メンバー3人が、昨年の日本女性学会大会の分科会で行なった報告を文章化した」出版物の販売を始めたことを公にしました。問題の分科会にパネリストとして登壇した森田成也さん、キャロライン・ノーマさん、中里見博さんの3名は、いづれも「ポルノ買春問題研究会」のメンバーであると紹介されるとともに、『調査報告書』においても数々問題を指摘された問題の分科会について、
“実際に読んでいただいて、いったいどこが「トランスジェンダーに対する差別や攻撃に満ちたもの」であるのか、読者のみなさんが判断してください”(ポルノ買春問題研究会 2025.06.01)
とうたっています。
反ポルノを唱える人々が、一体どうしてトランスジェンダー、特に女性トランスを標的として問題だと述べるのか。今や国際的な潮流ともいえるこうした運動について今、論を立てる用意が私にはありませんが、しかし、まさにそのような思想を、この三名は、日本女性学会で公然と展開したわけです。
こうした思潮の人々が日本女性学会の内部で存在感を増していくことは、『宣言』で禁止されている性自認に基づく差別の禁止、および規約第2条で定める性差別廃絶の目的規定とどう整合するのか。(註11)
“1. 会員は、人種、民族、国籍、宗教、障がい、門地、年齢、容姿、性別、性自認、性的指向、婚姻上の 地位、子どもの有無、その他あらゆる形態の差別をしない。(『宣言』)
“第2条 本会はあらゆる形態の性差別をなくし、既成の学問体系をこえた女性学の確立をめざし、そのための研究および情報交換を行なうことを目的とする。(「日本女性学会規約」)
「ガバナンスの危機」は、少なくとも署名派が学会の外部に向けて署名を開始したことだけによるものでないことは、明らかです。
日本女性学会は今、大変危うい状態にあると思います。
註
表記の都合上、『調査報告書』には二重鉤括弧を付して記す。なお、『調査報告書』では匿名の名の下に伏されているが、問題の分科会は2024年度大会(2024年6月8日開催、武蔵大学江古田キャンパス)にて催された「分科会H パネル報告2 フェミニズムと表現・出版・学問の自由」であり、問題を指摘されたパネル報告者はそれぞれ、
- A=キャロライン・ノーマ
- B(司会兼)=森田成也
- C=中里見博
である。本記事では、『調査報告書』に照らした場合の理解の簡便さを鑑みてパネル報告者A,B,Cという具合に、『調査報告書』に倣って表記する。
表記の都合上、「学会活動の自由と公正のための宣言」については、二重鉤括弧を付して『宣言』と記す。
こうした『調査報告書』の「公正で対等な関係」(『宣言』)の軽視は、下記に見られるように、結局本書の記述の中においてすらトランスジェンダー差別を容認し、それを助長するものとして機能している。(そもそも『調査報告書』のこの記述そのものが、直接『宣言』への抵触を疑われるべきではないのか?)
“報告に限って言えば、トランス女性を女性として扱わない立場からのものであるものの、表現は抑制されたものであり、反論や議論 に開かれており、その形式は「学会活動の自由と公正のための宣言」で謳われる「あらゆる形態の差別 をしない」に反するものとは見られない。”(『調査報告書』p17)
『調査報告書』の指摘を受けて、日本女性学会が公式に取った対応は、「今回の指摘、批判を真摯に受け止め、「学会活動の自由と公正のための宣言」(2006年6月10日、日本女性学会総会において採択)にもとづいて、大会を含めた学会運営の改善を検討」するということだけである。(日本女性学会 2025.02.21)なお、反署名派の声明によれば、日本女性学会としては次のような対応が行われたという。
“この調査報告書を受けて、学会入会の際にも、大会報告の申し込みの際にも、「学会活動の自由と公正のための宣言」を遵守する旨署名を求めることとしました。”(反署名派 2025.04.30)
以下、“「日本女性学会2024年大会分科会調査報告書」を受けての反省の表明 および 女性学・ジェンダー研究の発展と多様性の尊重をもとめる声明への賛同の呼びかけ”(2025年4月21日)を発出した者達を「署名派」と呼ぶ。また、それに反対して“日本女性学会への声明の背景に対する説明とガバナンスの機能不全について”(2025年5月2日)を発出した者達および前日本女性学会代表理事・佐藤文香を「反署名派」と呼ぶ。なお、署名は6月5日時点で総計1011筆となった(署名派、2025.06.05)ことが、署名派により発表されている。
女性トランスジェンダーに限らず、Bによるトランスジェンダーの性自認否定という行為は、『調査報告書』の以下の記述から明らかであると考える。また、Bは他のパネル報告者であるA・Cと違い司会も兼ねていた。その点、『調査報告書』において「揶揄やからかい、異なる立場に立つ者への見下したような態度についての指摘は、主として、 質疑応答場面における報告と無関係な質問、会場からの野次と笑い、および司会がこれらを適切に制御しなかったことによるものであったと思われる」(『調査報告書』p16)と、Bの司会者としての責任についても一定の言及をしていることにも、留意されたい。
“B氏は、「自認によって性別を変えられる」と主張することは、「地球は真っ平らだと言ってるのと一緒」だと主張している。こうした発言が、これまでのトランスジェンダーの運動のあり方を否定するだけでなく、人生を通じて自身の性自認が大切にされない経験を積み重ねるトランスジェンダーの当事者にとって自身の人格に対する否定であると受け止められ、人生の傷つきやトラウマをさらに深めるものとして経験されたことは想像に難くない。”(『調査報告書』p6)
“女性の言うことより男性の言うことの方が信頼されるというかたちで現れる女性差別と同様に、トランスジェンダーに対する偏見・差別がある社会においては、トランスジェンダーの主張がしばしば不合理、信頼に足らないものとして扱われ、「非合理的な連中」としてイメージされてしまう。B氏による「でたらめ」「ナンセンス」という発言は、こうしたトランスジェンダーの合理性の否定という典型的な差別言説をなぞるものである。”(『調査報告書』p12)
“質疑応答時に参加者から性自認至上主義への対抗の仕方を問われた際には、性自認に基づいた法的性別の変更を主張するような者は「地球は真っ平らだと言ってる人と一緒」であり「そんなばかなことありえ」ず、声をあげることで「粉砕」すべきだと、攻撃的で煽るような抑制を欠いた発言が司会者からなされたことも確認された。”(『調査報告書』p16)
郡司真子は2025年6月8日、日本女性学会『調査報告書』において調査対象となった分科会におけるパネル報告者三名、中里見博、キャロライン・ノーマ、森田成也の三名が、同日開催された日本女性学会2025年度大会の総会の場において、「日本女性学会有志による 4.21声明に対する抗議」を行ったとのテキスト(郡司真子 2025.06.08 その1、その2、その3)を、自身のSNSアカウントにて公表した。本件行為がどのようなものであったのかーーそれは演説であったのか、あるいは文書が配布されたのかーー、その真偽も含め確認することはできないが、しかし、郡司が掲載したテキストにも、反署名派と全く同じ誤謬の傾向ーー「署名派が調査報告書を否定した」との主張が見られるので、その点を指摘しておく。
郡司によれば、三名は『調査報告書』について“10カ月間という長い時間と、10回もの会議やメール審議を経た末に作成されており、事の重大性を踏まえた適正な手続きと慎重な検討を経たものであったと評価できる”もので、“「報告」そのものについては差別とはいえないと結論づけたのである”と、述べる。ここでも(「質疑応答」の存在には言及せず)「報告」だけを取り上げるという話法が採用されていることに、留意されたし。「質疑応答」の場面において指摘されている事柄に言及しないのは、反署名派と同じく問題を矮小化する不当な態度であり、また特にこの三名が、いづれも本件当事者であることを考えるならば、全く不誠実な言論であると言わざるを得ないだろう。また、三名は“「調査報告書」の結論を受け入れられないのであれば、事の重大性に鑑み、自らの正当性を主張して再調査を行なうよう幹事会の他のメンバーを説得すべきである。”と反署名派と同様、「署名派が『調査報告書』を否定している」との認識のもとに、“6名の「幹事経験者有志」は、他の学会員の分科会報告を「差別」と評価するという重大なことを、きわめて安直かつ姑息なやり方で行なった。それは学会の公式な『調査報告書』を、適正な手続きを経ることなく否定するものであり、学会の正常な運営を著しく損なうものでもある”と述べている。テクストは、反署名派の声明にも言及しつつ所見を述べており、反署名派による「署名派が調査報告書を否定している」論のデマとしての悪辣さがここにも及んでいるように思えるが、いづれにせよ、郡司真子が独り述べていることであり、その真偽の程は定かではない。
2025年4月あるいは5月に、佐藤文香は日本女性学会第23期代表幹事を辞任した。(反署名派 2025.04.30)
日本女性学会においてトランスジェンダー差別の問題が、一体どのような背景や実態の下に浮上しているのか、見定めるのは容易なことではないと考えるが、『調査報告書』には、問題の分科会H(「フェミニズムと表現・出版・学問の自由」)の企画エントリーにあたって、下記のようなやり取りがあったことが記されている。本問題が認識可能な「事件」として現出する以前に、どのような形でそれが潜行していたのかを、考える手がかりになるだろうか。
“エントリーの際、主催者代表から「私たちのテーマそのものが「フェミニズムと表現・出版・学問の自由」です。みなさんが圧力に屈して、このテーマでの発表が不可能になるような皮肉な事態にならないよう、最善を尽くしてください。」という要望があったが、この点についての議論は行わなかった。”(『調査報告書』p19)
女性スペースを守る会は、署名派による署名呼びかけへと発展した日本女性学会の事態を受けて、「これらの女性学会での混乱は、女性の男女平等に向けての言論の場が外部圧力によって捻じ曲げられようとしている、女性にとって危機的な状況です」(女性スペースを守る会 2025.03.09)と述べているが、一方、それに先立つこと2024年。問題の日本女性学会2024年大会が閉幕した後日、問題の指摘を受けた幹事会が「対応を検討している」(日本女性学会 2024.07.14)と発表したことを受けて、同会は日本女性学会に対し、7月26日付けにて「要望書」(女性スペースを守る会 2025.07.26)を提出している。果たしてこの行為は、同会が、“言論の場が外部圧力によって捻じ曲げ ”られてしまう事態だと訴える署名派による署名呼びかけ行為と、どのような違いがあるというのか。また、今あえて両者の言行を比べてみるならば、女性スペースを守る会による「要請」は、“発表者が処分される等があってはならず、また学問の自由を守るためにも、慎重かつ丁寧な協議を望みたい”(女性スペースを守る会 2024.07.26)と、日本女性学会に対して、一定の具体性をもった行為を要請するものとなっている。一方、署名派の呼びかけ(署名派 2025.04.21)は、挙示された三つの項目がいづれも「反対します」と結ぶばれており、いづれも日本女性学会を対象として名指すものではない。それは広く社会に向けて、現下進行している事態に「反対」することを求めるものである。二者を比べてみるならば、女性スペースを守る会の要請の方が、日本女性学会に対しより干渉的な行為であることは明らかだろう。自分たちの代表の入会が承認された今、自分たちの過去の行為については棚に上げ、署名派の行為を「言論の場が外部圧力によって捻じ曲げ」るものだと批判するのは、公正な態度とは言えないと考える。
森谷みのり(「女性スペースを守る会」共同代表)は、同学会への入会を認める通知を2025年2月27日に受け取ったと述べている。(女性スペースを守る会 2025.03.09)一方、日本女性学会幹事会が、調査WG(ワーキング・グループ)からの『調査報告書』提出を受け、「学会運営の改善を検討」(日本女性学会 2025.02.21)する旨を公にしたのは、それに先立って2月21日のことである。「女性スペースを守る会」は、「女性スペースに関する法律案」を示し、女性用公衆トイレ等の施設利用について女性トランスジェンダーによる利用の制限を主張するなど、トランスジェンダーの人権制限を主張している団体である(女性スペースを守る諸団体と有志の連絡会 2024.02.01)。果たして森谷は、幹事会による(性自認による差別禁止規定を含む)『宣言』遵守(註4参照)の誓約を求められ、それに応じたのだろうか?『宣言』との整合性、「学会のガバナンス」はどうなっているのかと、疑問を覚えずにはいられない。
引用資料・サイト一覧
- 「日本女性学会 2024 年大会 分科会 調査報告書」
- 日本女性学会「学会活動の自由と公正のための宣言」
- 日本女性学会 規約
- 日本女性学会 2024.07.14
- 日本女性学会 2025.02.21
- 署名派 2025.04.21
- 署名派 2025.05.13
- 署名派 2025.06.05
- 反署名派 2025.04.30
- 與那覇潤 2025.05.22
- 千田有紀 2025.05.14
- ポルノ・買春問題研究会(APP研) 2025.06.01
- 郡司真子 2025.06.08 その1、その2、その3
- 女性スペースを守る諸団体と有志の連絡会 2024.02.01
- 女性スペースを守る会 2024.07.26
- 女性スペースを守る会 2025.03.09
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以上、2025年9月20日 初版第一刷発行
『フェミニス虎の巻 vol.1 臨時増刊号――日本女性学会 トランスジェンダー差別問題Q&A』
(編集・発行・印刷 フェミニス虎)
より一部掲載
※お詫びと訂正
冊子『フェミニス虎の巻 vol.1 臨時増刊号――日本女性学会 トランスジェンダー差別問題Q&A』p13にある以下の箇所について、明白に誤記と思われる箇所がございました。申し訳ござません。
本記事への掲載にあたっては、以下のように訂正のうえ表記いたしました。
※該当箇所は、Q9の最後の方に近い部分です。
誤 「トランスジェンダー女性の性自認」(署名派 2025.04.30)
正 「トランスジェンダー女性の性自認」(署名派 2025.04.21)
フェミニス虎








