【声明】トランスの全的解放を実現するために——天皇制シスジェンダリズムとの対決を!!

新郎新婦の雛人形が二体、左隅に置かれている。正面、向かってやや右側からのアングル。

2026年7月、当会は ふぇみん婦人民主クラブ 並びに アクティブ・ミュージアム 女たちの戦争と平和資料館(wam) の呼びかけに応え、「今こそ、天皇制に終止符を 差別と家父長制のない未来のために」(2026年6月23日付)の声明に賛同し、署名を行いました。

日本におけるトランスジェンダー解放の実現のためには、天皇および皇室制度の廃絶こそ、絶対不可欠な課題と考えるためです。

これは直接的には、天皇及び皇族である者を含めた全ての個人の解放、ジェンダーアイデンティティの自由な実現を願ってのことです。しかし、それは問題の現象的側面というべきものであり、本質的原因は、もう少し別のところにあると考えます。

大日本帝国憲法の下で「神聖ニシテ侵スヘカラス」(第3条)とされた天皇は、敗戦と連合国軍による占領を経て成立した日本国憲法においては「主権の存する日本国民の総意に基」いた「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」(第1条)へと、姿を変えました。

一方、皇室について定め、かつては大日本帝国憲法と並び国家の最高法規とも遇された皇室典範は廃止。新たに憲法第2条にその名称のみを——まるで影のように——留めつつ、しかし帝国憲法におけるそれとは異なり、単にイチ法律として1947年5月3日、日本国憲法と同日に施行されます。

皇位における男子継承原則は憲法でこそ謳われなくなったものの、(旧)皇室典範第1条にあった"男系"男子継承規定は(新・現行)皇室典範第1条として戦後も受け継がれ、変更されることがないまま現在に到っています。

今に続く皇位の男系男子専属継承原則は、実質的には天皇「万世一系」神話を支える枢要として。また、大日本帝国の「栄光」に連なるための鍵として、維持されていると言ってよいでしょう。


このような天皇-皇室制度──つまり<皇室典範>によって貫かれる、男系男子を軸とした「万世一系」の「天孫降臨」神話体制──は、確かに「女性」差別的です。そこでは「女性」は専ら「産む性」として、男系男子によって担われる<世継ぎ>、そのための "器" を産出する役割を、与えられることになります。


しかしそれは、より巨視的には極めて男女二元的、性別役割分業的な構造なのであり、本質的にシスジェンダー中心主義的な体制です。

天皇-皇室制度のもとでは、男性は皇位を<世継ぎ>する性として、女性は<世継ぎ>(のための"器")を「産む性」として生きるより他にありません。天皇制度が「男性」と「女性」に備わる生殖能力を介した――つまり生殖管理を通じたシスジェンダリズムによって完徹された国家機関、支配秩序として維持される限り、そこにはノンバイナリーはもちろんトランスジェンダーの、あらゆる非シスジェンダーの性と生の解放は、存在するはずもないのです。

(更にこうした制度・機構こそは、身分秩序の頂点において駆動するものであり、それ自身、差別を再生産する暴力装置そのものだと言わざるを得ません。)

日本におけるトランスジェンダーの解放のためには、天皇制の廃絶が必ず実現されなければなりません。

現在、男系男子継承論への対抗言説として内親王・愛子の皇位継承を是とする声が、左派やフェミニズム運動の中にすら散見されます。しかし、こうした女性天皇実現論の下では、私たちの求める<ジェンダー平等>は実現し得ません。

(そもそも「女性」が天皇に即位したならば、その者は「産む性」を全うせよとの召命から解放されるでしょうか?それは実際には、「女性の活躍」の美辞の下、新たな規範を伴って「女性」の労働強化を迫るものであり、それは「男女」平等の実現にすら、ほとんど資することがないものではないでしょうか?)


それ自身が身分差別としか言い得ない天皇-皇室制度を戴く空間では、「両性」の平等はもちろん、どのようなジェンダーの平等も、本質的に達成することは不可能です。

女性天皇実現を梃子に「男女」平等の実現を目指すのではなく、天皇-皇室制度の廃止によって国家象徴におけるシスジェンダリズムを滅ぼし、正しくジェンダー平等を実現しよう!


全てのトランスジェンダーの、生と性の解放を!


***

【追記】

2026年7月3日。本署名の呼びかけに併せ、参議院議員会館(東京・永田町)にて集会が催され、当会からも有志が会場に赴きました。

各運動体からスピーチが続く中、許すな!憲法改悪市民連絡会 事務局長の菱山南帆子さんが司会から紹介された後、会場より登壇。発言を行いました。(註1

菱山南帆子さんは、2024年3月9日に新宿で行われた街頭集会「フェミブリッジ・アクション」を主催した市民連合の共同代表であり、「男が産めるのうんこだけ」と歌い上げる差別的歌唱パフォーマンスを行なった三名のうちの一人です。

当会は事件の直後から、この発言の問題を指摘し、これを行なった三名および集会主催者としての市民連合に反省を求め、批判を行なってきました。(註2

会場に居合わせた当会のメンバーは、菱山さんが発言を終えた直後、

「男が産めるのうんこだけ、という発言は撤回するべきではないですか?」
「(
男が産めるのうんこだけ、という発言は)天皇制反対を述べた本日のスピーチと、矛盾するものではないですか?」

と声を上げて訊ねましたが、菱山さんは呼びかけに応えることなく席へと戻り、暫く後、同席するババカヲルコさんと共に会場を後にしました。

(ババカヲルコさんもまた、菱山さんと共に「男が産めるのうんこだけ」との歌唱パフォーマンスを行なったうちの一人です。)

当会のメンバーは、退出しようとする二人の後を追い、会場前の廊下にて「フェミニス虎です。これを読んでください」と述べ、持ち合わせていたビラを、それぞれ二人に手渡しました。

二人とも拒むことなく、それを受け取りました。(註3


菱山さんも、当会や会場に集まった人々と同じく天皇制反対を旨としているはずです。現に当日、そのように発言もなされました。しかし、ここには見逃すことのできない思想の不誠実があります。

「男が産めるのうんこだけ」という発言は、その背後に、うんこに限らず産める「女」なるものの存在を暗黙の前提として控えさせていることが明らかです。(註4

「産めるのうんこだけ」に過ぎない「男」を貶め、うんこに限らず産める「女」を称揚するこのフレーズは、まっすぐ愛子天皇待望論の高まりに棹さすものではないでしょうか?

そこで示されているシスジェンダリズム、および男女二元主義、性別役割分業主義は(「男性」中心主義に抗するものではあったとしても)、天皇制のそれと区別するところのないものではないでしょうか?

「天皇制反対」と言ったその口で発せられる「男が産めるのうんこだけ」というアジテーションは、「女」を「産む性」に囲いこむだけでなく、更に天皇として「活躍」することを求める態度、リーンイン "天皇主義" フェミニズムとでも呼ぶべきような思潮と、極めて親和的であるように思います。

こうした姿勢は、女性天皇待望論の間違い糺し、日本における身分差別と家父長制の元凶たる天皇制度をこそ廃絶しようという思想とは、全く相いれないものではないのでしょうか?


シスジェンダリズムと対決せず、トランスジェンダーに対する差別に居直り続けている限り、私たちは天皇制に敗北し続けるでしょう。

シスジェンダリズムとの対決こそは、私たちが天皇制支配からの解放を勝ち取るために、避けて通ることは出来ない課題であることを、改めて述べておきたいと思います。

フェミブリッジ及び市民連合、そして発言を行なった菱山南帆子、石川優実、ババカヲルコの三名は、「男が産めるのうんこだけ」発言を反省し、自身のシスジェンダリズムを徹底的に切開するべきです。

***

註1
発言者によるスピーチや当日の集会の様子は、以下の記事から確認できる。
「皇室の存続」や女性天皇の議論を認めず、私たちは天皇制廃止を求めます 100人超が集まりリレートーク(生活ニュースコモンズ)

註2
フェミブリッジ及び市民連合に関する記事一覧(フェミニス虎)

註3
当会より手渡したチラシの内容は、以下の記事から確認できる。
わたし達が、「男が産めるのうんこだけ」発言に抗議し続けている理由

註4
”第二に、この発言は暗に「男」以外の存在を生殖権力の下に拝躓させるものだ。そしてそれはまた、コール全体に充満する男女二元論的筆致とも併せて斟酌するならば、「男」以外の存在とは「女」であるとの解釈を、容易に導かせるものだろう。つまり、このパフォーマンスは男女二元論に無批判のまま依拠しており、それは黙示のうちに「女」を生殖に隷属させ、妊孕能力の有無によって序列づけているのである。”
フェミブリッジにおける「男が産めるのうんこだけ」発言に抗議する(フェミニス虎、2025.4.23)

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